2012年8月27日
孤立の複合体
つまり『STAND ALONE COMPLEX』。
私たちは社会という或る集団の中でしか生きられない弱い生き物なのだ。
高度な社会性を持った生き物というべきだろうか。
何が何であれ、一度社会システムの中にとけ込んでしまえば何がオリジナルであり、
誰が模範者なのかなんて一々気にしていられなくなる。
所詮オリジナルの存在しないコピーになってしまうのだ。
どんなに嫌でもそんな世界に上手く順応していかないと、私たちはいつまでも孤独だ。
—…いや、孤立か。
ただ、今日は
日頃自分の好き嫌いを主張する事もできず、
訓練された犬の様に人の言う事をハイハイと言ってほめられて喜んでいるような模範少年という連中は、
人間としてもっとも軽蔑すべき厭らしい存在だと痛感したのである。
そんなことよりもだ。
ネットが普及してきたお陰で、覗きが趣味な人間が増えた。
仕様の無い情報に踊らされてばかりで下らない。
私が一言嘘で「○○と、一度夜をご一緒しましたの。」なんて書けばもう大騒ぎだろう?
根も葉もない一言で何を言っているのやら…。
どうも私の私情や生活が気に触る人間が居るらしいのだよ。
面倒くさいね。
個人情報垂れ流しの私としては、何も否定は出来ないのだけれどね。
その行為が行動が誠実なのか不誠実なのかの見分けもつかない。
私は赤ん坊と同じなのかもしれない。
「コラ!それは、いけないことなのよ!」と、叱られるまで何の悪意も罪悪感も無いのだ。
叱られても尚、何がいけないのか理由が解らないのだ。
しっかりと私が理解してくれるまで唱えて下さる方が居て下されば… なんて、もうこの歳で言う事でもないか。
まあ、そこまで他人に執着出来る人が羨ましいですよ。
兎にも角にも他人に迷惑をかける情報は一切流しやしないので。
何卒。
2012年8月16日
春昼
否、結構ですとも。
恋で死ぬ、本望です。
此の太平の世に生れて、戦場で討死をする機会がなけりや、おなじ畳の上で死ぬものを、憧れじにが洒落ています。
灼熱の太陽の下、
息が止まるような恋をしているのです。
子供のような彼を、
どうか彼を、
悲しませることがありませんように。
仕合せでありますように。
素敵な友人に恵まれた彼に、
どうか—。
2012年8月1日
上手く動かせない
人間が人間であるための部品が決して少なくないように、
自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要なのだ。
他人を隔てる為の顔、それと意識しない声、目覚めの時に見つめる掌、幼かった頃の記憶、
未来の予感…。
人間なんて、単なる自己保存のプログラムに過ぎないのだろう。
遺伝子という記憶システムを持ち、幼い頃からの記憶で形成されている。
ただ、同じシステムを持った私たちにも個性を作り出すひとつの方法として
“好奇心”があるのだと思う。
ところで、
私が、他人やネットから得た膨大な情報は私の記憶や意識として私の一部になる。
つまり私は、この社会から構成されているということになってしまう。
悔しい。
本当の自分とは、一体なんなんでしょうね。
2012年7月22日
コピーアンドペースト
お金はね、あるんだ。自慢に聞こえたらアレだけどさ。
会社に入って二年経ったくらいの頃、欲しいものはもう一通り買ってしまって、どうにも金が余るんで寄付ばかりしてた時期があってね。
そのころにフォスター・プランってのに参加したことがある。
なにかっていうと、貧しい国の子供達に教育を受けさせるための募金なんだけども、参加するとその子供からお礼の手紙が届くんだ。
お礼って言ったら変だな、こう、学校の写真とか、家族の写真とか、学校で習ったこととか、将来の夢とか、そういうのを綴った手紙。
でも、まあ要はお礼だよね。
ぼくのときはネパールだったけど、ガネシュ君って七歳の子から手紙が来てさ。
まあよく出来た手紙でね、
最後は「ぼくが一番好きな国は日本です。大人になったら日本で働きたいと思います」で結ばれてたよ。
ぼくはもう即効で破り捨ててガスコンロで燃やして、それっきりぱったり寄付をしなくなった。
たいした金額じゃないんだよ、ぼくが寄付したのは。
百年続けてやっと日本の大学の四年分とか、そんなもんだね。
それっぽっちの金でそんなことまでさせちゃうわけよ。
「一番好きな国は日本です」だよ?
そんなことを七歳の子供に言わせてるぼくは一体なんなんだろうって思うじゃない。
ただ生まれた国が違うってだけでさ。
一日バイトすれば稼げるくらいの金を送った程度のことでさ。
それに、何より嫌だったのは、その手紙を読んだ瞬間、ぼくはこれをやりたくて募金をしてたんだ、って気付いちゃったんだよね。
ぼくは無償のつもりで募金をしてたけれども、心の底ではずっとああいうものを期待してたんだ、って。
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