2013年3月5日

変化


目に見えないものの大半は重要なことで、

重要なことに対しては理屈が追い付かないものだ。


「愛する」とか「死ぬ」とかいうことに対して合理的な説明を求めるのは、
その行為自体を軽く見ている証拠。


其なのに大抵の人間は理屈なしじゃ生きていけない。自分の行動に理由を見つけたがる。
私もそのクチだし、またそれに対して嫌悪感も抱いている。

理屈づけを嫌うあまり、なるべく理由のない行為をしようという、倒錯におちいる。


勿論、理由なんかなくても構わない。目的意識も。

行動自体が理由であり目的である、
というような単純明快な生き方をしている人は少ない。


「…のために」とか「…だから」というアップビートの人々をみていると
『理屈はあとだ、みんな死ね』と、思っていた。


ところが、最近は
『かってにしてれば良い、私は私であなたはあなただから関係ない。』
と思えるようになった。


2013年1月20日

愛している


私は、彼の笑顔と幸せを、約束したい。
護りたい。


悲しみや苦しみの中でも負けないようにいつでも側で支えたい。


彼の心に潜む孤独を埋めてあげたい。
いつも寂しい彼を満たしたい。



彼の中の葛藤に立ち向かう勇気をどうか、
彼が負けないように。
—神様なんて居ないから。

彼が強く居られるように。

私が全てを受け止めてあげるかわりにもっと強く強くなってほしい。

別れても平気で居られるよう。

2013年1月10日

クロロホルムに痺れる


遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

二〇一二年、下半期は身体が悲鳴をあげた。
「あそこが痛い」「ここが痛い」と病院を駆け巡った。

今年はもっと自分の身体を労りたい所存です。
無理をしないようにしたいものですが、
神経を研ぎすませ敏感に、目一杯生きたいです。

身体と心とが離れてしまわぬよう、
凛と生きてゆきたいものです。


振り返ってみれば
約一年前以上から彼のお話ばかりしてきましたね。

二人で生きていくというのは、一人で生きていくのと同じように
覚悟が必要なのだと思う。

秩序や協調性無しでは維持できず、
愛情や情熱がないと保たない。

なんとも不安定なものですね。

関係を保つのが不安定なように私の心も不安定で、
「くっついているからこんなに悲しい思いをするのだ。」
本当に、しみじみそう思う。
それなのにどうしていつもくっついてしまうのだろうか。

—そうこう考えている時。
彼が弱ってしまったとき、一番近くで支えてゆきたいと思った刹那、
常に私の一番近くには彼が居て支えられているのだと気がついたのです。

毎日毎日心から感謝しています。


まだまだ、一生とは言いませんから、
出来る限り、側に居させていただければ幸いです。


新年の挨拶というものは、
面倒くさいものですね。

特に言う事もないので、この辺で。

2012年11月25日

えそらごと


晴天は、恒常化してしまった不幸に似ているという。
私もそう思うし、また、恒常化した不幸というのは、ある意味「絶望」と同じなのだと思う。
じりじりと照りつける太陽よりも、豪雨の方が、優しいじゃない?

2012年11月20日

エレジー


人間社会というものは、一方的には片付かないものだ。

善悪は共存し、幸不幸は共存する。
そして、生死も共存する。

人は、必ず死ぬ。

人が死ななくなったとき、
人生も地球も終わりだ。